安保法案の論点整理【9/8 参考人意見陳述】

    9月8日 我が国及び国際社会の平和安全法制に関する特別委員会
    参考人の意見(青字部分)から、示唆に富む部分を抜き出し、作者のコメント(緑字部分)を付けました。

    【9/8 大森政輔(参考人 元内閣法制局長官・弁護士)】)】

    ●陳述テキスト:<リンク>聞文読報-文字に起こし、目で聴くブログ

    ◆集団的自衛権の行使容認

    集団的自衛権の行使は憲法9条の下で許容できる余地はないのに、閣議決定で憲法解釈の変更と称してこれを許容できるとし、各種施策を講じようとすることは、内閣の越権行為だ。無効とすべきだ。これを前提として自衛隊法の改正、その他、所要の措置を講ずることは認められない。

    ◆「明白な危険」

    新三要件の第三要件の「明白な危険」には「おそれ」という不確定概念が含まれるがあいまいで、運用者の主観的判断により大きな差が生ずる。

    ◆砂川事件判決から集団的自衛権を合憲と導けるか

    砂川事件では「米軍駐留の合憲性」が争点であった。我が国が集団的自衛権を行使できるか否かはまったく争点となっていない。この判決に集団的自衛権の行使を許容する最高裁の意図を読み込むことは、まったくの暴論。内閣法制局がそれを是正しなかったのは、内閣法制局の職務怠慢・過失である。

    ◆国際紛争への積極的関与

    日本が集団的自衛権の行使として第三国に武力攻撃の矛先を向けたら、その第三国に日本を攻撃する必要が生じる。集団的自衛権の抑止力以上に紛争に巻き込まれる。このような集団的自衛権を国策として採用することが、我が国の平和と安定のために必要であるならば、憲法改正手続きにのせ、全国民的検討を行う必要がある。

    【9/8 神保謙(参考人 慶應義塾大学 総合政策学部 准教授)】

    ●陳述テキスト:<リンク>聞文読報-文字に起こし、目で聴くブログ

    ◆脅威の性格

    脅威は、グローバルから国内まで、空間及び領域を横断する性格をもつようになってきている。近年の政策も、徐々に国内から二国間、アジア太平洋地域、グローバルへと横断する指向をもつようになってきている。

    安全保障環境は領域横断になっているにもかかわらず、制度自体は空間の縦割りにとどまっているというミスマッチ。

    ◆グレーゾーンの脅威

    平時と有事のあいだ、法制度でいえば自衛権と警察権の間の切れ目に、我が国の主権を侵害する重大な事態が生じている。

    中国の軍事力の急速な拡大、米軍の抑止力(拒否力)の低下で、東アジアの紛争抑止・紛争対処に従来の方法が通じない。

    我が国が確固とした安全保障の法制度を策定しなければならない。

    国際平和協力における自衛隊の役割の国際標準化を通して、日本が世界の平和維持・平和構築で積極的な役割を果たしていくべき。

    ◆体制不備の部分

    1)海上保安庁の権限拡大については、特に海上保安庁法第20条。これは警察官職務執行法第7条の適用の、規定の準用になっておりますけれども、これに事実上がんじがらめになっている武器使用権限をどうするか

    海上保安庁法第20条 武器の使用は、警察官職務執行法第7条の規定を準用する。

    警察官職務執行法第7条必要と認める相当な理由のある場合は、「正当防衛」「緊急避難」の場合に限り、その事態に応じ合理的に必要と判断される限度において、武器を使用することができる。

    ここまでは、「中国などの不審船対応の際に、規定でがんじがらめになって武器使用ができない」と不満も生じる。ところが・・

    2001年に海上保安庁法の改正され、第20条2項において、一定の条件[2]に限って、巡視船等が、停船命令を無視して逃走・抵抗する船舶に対して射撃し乗員に危害を加えても、海上保安官の違法性が阻却(免責)されることが明定された。

    これならば、「正当防衛」「緊急避難」に限らず、必要な武器使用ができるのではないか。もしまだ不足というならば、海上保安庁法を改正すればいい。 第20条2項の存在を隠して「がんじがらめの武器使用権限」を問題視するのは、誤解を誘引するものだ。

    海上保安庁が保有できる武器では不足で、自衛隊の強力な武力をもって海上警備をすべき、という意見ならば、自衛隊法の改正が必要だが、そこまでやれば海上は戦場と化す。

    2)武力行使の〔新3要件〕として提示された存立危機事態、「我が国の存立が脅かされ国民の生命、自由及び幸福追求の権利が根底から覆される明白な危険がある」という定義が付加された結果、その行使できる範囲が限定されすぎた

    「存立危機事態」は内閣が自由に設定でき、「トイレットペーパーが不足する」程度でも「トイレットペーパーがない生活なんてありえない〜」と叫ぶ人がいれば存立危機事態になりうる、という「定義のあいまいさの問題」はおいといて・・、

    神保参考人は「我が国または密接関係国に武力攻撃が、発生した(武力攻撃事態)/発生しそう(切迫事態)/発生するかも(予測事態)になったら、他の条件なく即自衛隊が武力使用できるほうがいい、という考えか・・・というのもおいといて・・、

    私が一番心配なのは、憲法制約を口実に設定された「歯止め」の数々が、戦闘現場では、単に任務遂行の効果を下げるだけでなく、従事する自衛隊員を非人道的、残虐な危険にさらすのではないか、ということ。 憲法の制約や歯止めを正直に守っていたら、現場で任務遂行できない、戦えないのではないか、自滅に直結するのではないかということ。

    3)PKO改正案では、参加5原則を満たせば、駆けつけ警護などの任務遂行型タスクにおいて武器使用が認められている。 しかし5原則の一つ「受け入れ同意が安定的に維持されていること」は、広域に偏在する越境型の武装組織破壊活動、テロ活動、急速な治安悪化などの変化に対応できない。 より現代の実態に即したPKO参画の法的基盤が必要。

    「紛争当事者間で停戦合意があり、その場所での自衛隊の活動について、紛争両当事者から受け入れ同意が安定的に維持されていること」そういう理想的な現場はまれだが、安全であるともいえる。しかし現実問題として「撤退できるのか」?

    PKO参加5原則:
    (1)紛争当事者間の停戦合意の成立
    (2)紛争当事者のPKO派遣への同意
    (3)PKOの中立性の確保
    (4)(1)〜(3)のいずれかが満たされない場合には、部隊を撤収
    (5)武器の使用は、要員の生命防護のための必要最小限度のものを基本

    過去22年以上、<リンク>自衛隊が海外で行ったPKO活動では、「自衛隊は撃てない」ということで、危険を回避し、現地住民から安心と信頼を得てきた。それを破棄して武器を持つ、ということに対する抵抗感はあるが・・、 新設される「駆けつけ警護」「司令部業務」の必要性、その際の武器使用の必要性は理解できないわけではない。「どこにでも武器を持っていきますよ」ではなく、武器使用が「最後の手段」という気持ちで実施してほしい。

    11本まとめずに、これはこれで独立に法制化した方がいいのでは。

    【9/8 伊藤真(参考人 弁護士)】

    ●陳述テキスト:<リンク>健康法.jp-「アラガイ熊タスカル」さんが書き起こし

    ◆法律制定の正当性

    国会における法律制定という国家権力の行使を正統化するために2つのことが必要:(1)正当に選挙された代表者であること、(2)十分な審議によって問題点を明確にしたこと。

    (1)現在の参議院は、最高裁判所によって違憲状態と指摘された選挙によって選ばれた議員なので、違憲状態国会であり正当性がない。

    (2)『審議を尽くした』といえる審議・討論の過程こそが、多数決の結果の正統性を担保するものであるが、連日の国会前の抗議行動、全国の反対集会・デモなどをはじめ、各種の世論調査の結果で、国民がこの法制に反対であることは周知の事実。

    国民の納得と支持に支えられて自衛隊は活動する。国民の納得と支持が不十分なままで、他国民の殺傷行為を「国の名で」または自衛官個人の判断で行うということになると、国民にとっても、また現場の自衛官にとっても悲劇としか言いようがない。

    ◆国民の反対

    連日の国会前の抗議行動、全国の反対集会・デモ、各種の世論調査の結果で法案に反対しているのは、 「自分たちの生活が根底から覆されるのではないか」と危機感を抱いている生活者であり、また主権者であり、憲法の制定権者の声だ。国会議員にとっては、自分たちを選出し、権力行使の権限を授権してくれた主人の声だ。声を上げている人びとの背後には思いを共有する人びとが大勢いる。民意を尊重する政治家ならば、想像力を発揮すべきだ。

    ◆メリット/デメリット

    敵国兵士の殺傷を伴い、日本が攻撃の標的となる ― 日常用語では、これを戦争と言うが、この戦争に巻き込まれるというデメリットを超えるメリットがあるかどうか、何ら説明されていない。 「徴兵制は憲法18条に反するから全くあり得ない」と言うが、しかしこれは「公共の福祉」によって制限できると解釈されていて、必要性・合理性が生じたならば「徴兵制も可能」、ということを意味する。 サイバー対策のためのIT技術者、輸送・医療・法務など必要な人材の確保に窮した時でも「限定的な徴兵制」すらあり得ないと言い切れるか。 集団的自衛権の解釈でやって見せたように、これまでの政府解釈を『状況が変化した』ということで、ある日突然、変更してしまうという可能性を否定できない。 「抑止力を高めることが、国民の命と幸せな暮らしを守る」と言うが、軍事的抑止力を高めることで、より緊張が高まり危険になる可能性もあるはずだが、それに対する説明がない。

    ◆問題点・不明点

    ・立法事実が本当にあるのか
    ・自衛隊員と国民のリスクはどうなるのか
    ・後方支援(輜重兵)がナゼ他国の武力行使と一体化しないのか
    ・海外で自己保存以外の武力行使が許される根拠がどこにあるのか
    ・他国軍の武器防御が許される法的な根拠は?
    ・自衛官が海外で「民間人を誤射してしまった」際の処理

    ◆主権者としての責任

    憲法は「わが国全土にわたって自由のもたらす恵沢を確保」するため、そして「政府の行為によって 再び戦争の惨禍が起ることのないやうにすることを決意し」「日本国民は、この憲法を確定」した書かれている。 つまり2度と「政府に戦争をさせない」そのために、この憲法を作り、それを明確にするために憲法9条を置いた。 憲法は始めから、政府に武力の行使・武力の威嚇を含む「戦争」をする権限を与えていない。

    法案の限定的集団的自衛権の行使は、日本が武力攻撃を受けていないにもかかわらず、政府の行為によって「日本から戦争を仕掛けていること」になる。 日本が攻撃されていないのだから、攻撃する場所は日本の領土外、つまり外国。 これは自衛名目での「海外での武力行使」そのもので、武力行使を禁じている憲法9条の1項、交戦権を否定している9条2項に違反している。

    国民からすれば「自らを危険にさらす覚悟があるのか」「自ら殺人の加害者の側になる覚悟があるのか」、 憲法制定権を持つ国民が「憲法改正の手続き」をとって集団的自衛権を行使できる国になるかどうか、 本法案は、この国民の選択する機会を国民から奪うものであり、国民主権に反し許されない。

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